遠い海の記憶 やすらぎを求めて（恋愛小説風）続編その②

夜の窓のざわめきはぼくの胸の複雑な糸の絡み合いによく似た歌い方をしてる

サーチライトに照らされた停泊船はまるでセリフのない舞台の脇役のように

ただただ佇みながら寂しさや憂鬱さを見事に演じきってしまっている

ぼくはそれを部屋の灯りを消してぼんやり眺めてる

不思議なもので浮かんでくるのはあなたと過ごした僅かな時間

あなたの風に揺れる長い髪、ふとした照れ笑い、大きく眩しい瞳、やわらかな清潔感あふれる香り

あなたは今どこで何をしているのだろう・・・



しばらくしてまたぼくは警察に協力してほしいと呼び出された

とても暑い日で息を吸うのも億劫になるほどだ

愛車のビートルはかなり何十年も前の古い車なためエアコンの調子があまり良くない

エアコンから生ぬるい風でなんとか道中暑さをしのいだ

「彼女から手渡されたっていうメモ書き、もう一度見せてくれるかね？」

刑事がおもむろにタバコのあるポケットをあちこち探しながら言った

タバコは自分のデスクの引き出しにあることに気づき部下にぶっきらぼうに大声で持ってくるように指示してた

「このメモ書きがどうかしたんですか？」

ポケットから取り出したあのメモ書きはしばらく見ないうちにしわくちゃでインクが滲み見づらくなっていた

「彼女が命を絶ったあの海岸の住所が書いてあるだろう。ええと◯◯町◯丁目◯番地　ゑびす旅館そば・・・ってな」

「何か不審な点でも？」

「えびす旅館は１００年続く老舗の旅館だけど、もう俺たちが生まれる前５０年以上前の正式には昭和２1年にゑびす旅館からえびす旅館の表記に変わってるはずなんだよ」

「どういうことですか？？」

「つまりこのメモ書きを書いたのは自殺した仏さん本人じゃないって可能性が高いってことだ」

続けて刑事はまくしたてるように確信を得た表情でぼくに言う

「ということであんたがが出会ったあの若い女性にメモ書きを渡した人物のことをあんた何か聞いてないかね？」

「何も聞いてないんです。彼女とお茶して靴を買いに街を散策しその後家に送って行っただけですから」

その後刑事とぼくの沈黙の時間がしばらく過ぎていった

刑事は気を遣ってか世間話をし始めた

ぼくは少し退屈さと早く帰りたい気持ちで一杯だったが愛想笑いでその場をやり過ごした





やがて警察署での聞き込みが終わり疲弊した足取りでビートルを停めていた警察署の駐車場へたどり着く

すぐに車を走らせる気力がなくダッシュボードにしまっておいたしわくちゃなタバコの箱から１本抜き取り

タバコに火をつけながらぼんやり空を見ながらぼんやり過ごしていた

煙が空に登りゆるやかに青に変わっていく過程がやわらかく胸を鎮めてくれる

ふと警察署の出口から出てくる人たちを眺めていた

すると見覚えのある女性が出口からゆっくり肩を落としながら出てきた

「あの子だ！海岸で出会ったメモ書きをくれたあの子だ！」

ぼくは彼女がとりあえず元気でいてくれたことの安堵感と真相を知りたいためか彼女のもとへ焦る気持ちを抑えきれず走った

「君、どうしていたの？心配したよ、でも一体どういうこと？？」

彼女はうつむいたまま何も言わない

ビートルの助手席に彼女を乗せ初めて出会いお茶したあのカフェで涼みに行くことに

しばらく沈黙が続いたが次第にあなたから話し出した

「亡くなったのはわたしの母なの。母はわたしが生まれて間もない頃家を出て行ってしまった。そのメモ書きは母の現在の勤め先の上司がわたしを親戚づたいで知り訪ねてくれて手渡してくれたの。」

「母は金銭トラブルや男性関係がルーズだったらしく親戚からはもう何年も見放され誰も頼る人のいない状態だったらしくて・・・」


ぼくはあの日メモ書きの内容に驚きあなたの家に引き返したが部屋からは見知らぬ中年女性が現れたことも問いただしてみた

「たしかにわたしあの家に住んではいたけれど数ヶ月前にこのメモ書きをもらってから母を探し出すためあの家を出て友達や知人の家を転々としていたの。騙してしまってごめんなさい・・・」

「でもなぜすぐに警察に届けなかったんだい？それにぼくなんかにこんな大事なメモ書きを？」

彼女は一度深呼吸をしてからぼくの目をいつになく見つめながら

「母が自殺をしてしまう前にわたしのこの手で・・・」

波の音さえあなたの声にかき消され割れていく

ぼくはティーカップを床に落としてしまった



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