遠い海の記憶 やすらぎを求めて（恋愛小説風）続編その③

熱を帯びたアスファルトはゆらゆら陽炎を浮かべ

道行く人をまるで海の中に漂う海藻のきらめきと呑気さと

その反面とても落ち着きのない模様を描いている

通り過ぎる少女の日傘の手元に日差しが一瞬跳ね返り

カメラのフラッシュのように黄色い光を放ちぼくの目を細めさせた

信号が赤から青に変わる間そんなふうに道行く人を眺めていると

青に変わったのに気づかず後ろの車のクラクションで我に返った



「それにしてもあの時靴を買いに行った時あの店主が君のお父さんかもしれないって気づかなかったの？」

「生まれて間もない頃児童養護施設に預けられたから両親のことはほとんど記憶にないの」

彼女の名前はおろか、生い立ちに触れたのも今日が始めてだったことに自分でも意外に思う

親を知らずに育った彼女をとても不憫に思ったぼくは自分がした質問の内容をとても反省した

「ごめん・・・君の気持ちも考えられなくて」

「いいの。それに施設の先生がわたしにとってお父さんお母さん、同級生が兄弟だから。」

彼女は気丈に少し笑みを浮かべながら言った。施設ではとても良い先生や友達に囲まれて育ち幸せだったという。

それから彼女は級友とキャンプに行った事、一度だけ先生と大げんかして家出をし一晩中先生や級友が探し回ってくれたなど思い出を色々話してくれた

　
あたりは少し薄暗くなり始め昼の空と夜の空が引き継ぎを行い青と赤のグラデーションが美しくぼくらを包んでいる

パーキングに車を停めてこの間行った靴屋までぼくらは歩いていく

「ここだ、３人で写った写真貸してくれる？」

「うん」

彼女はバックからあの古い写真を出しぼくに手渡した

「すみませんーすみませんー」

店は空いているようだが人気がない様子だ

さらに奥まで進んでいく。両側に新品の靴が綺麗に棚にディスプレイしてあり通路は二人歩けばギリギリなほど
狭く店自体が個人商店のようで小さく非常にこじんまりとしている

「おかしいな誰もいないのかな？こんな街中で物騒だなあ」




奥まで行くとお店と自宅が兼用になっているらしくガラス戸が見えた

ぼくはんノックをしながら繰り返し人がいないかできるだけ聞こえる声で尋ねていた

彼女はぼくの腕にしがみついて少し怯えた表情だった

「このガラス戸、開けてみようか。きっと自宅で居眠りでもしてるんだよ」

緊張感を和らげるためにぼくは笑いながら呑気さを演じた。内心ドキドキしていた。

そのドキドキは正直に言うとガラス戸を開ける緊張感とぼくの腕にしがみつく彼女の甘い香りと温もりに対してだ

そっとそっとガラス戸をゆっくりゆっくり開けてみた。すると・・・

「おじさん！おじさん！」ぼくの叫び声とともに

彼女の叫び声にさらにことの重大さに気づきあまりの出来事に仁王立ちになったまま動けない

その店みある電話を借りて震える声と体を抑えながら警察に電話した

彼女は床にしゃがみ込んだままずっと泣いている

警察の現場検証が行われる頃はすっかり夜になっていた

通行人や街の人たちが野次馬になり人だかりが出来た

店主は後頭部を斧のようなもので割られ血まみれの状態だった

前に聞き込みで何度か顔を合わせた中年の刑事が店の革靴を物色し手に取り眺めながら言った

「脳天に後ろから一撃とはよっぽど誰かに恨まれてたんだろうな」


「部長、身元がわかりました！クボコウジロウ（６２）３年前妻に先立たれてから一人暮らしだそうです！」

若い部下と思われる刑事がメモ帳を片手にその他の情報を淡々と話し続ける

「すると、あれか、このじいさんはこの間亡くなったオオハラセツコさんの元旦那の兄貴っことか。しかしあれだねえ、お嬢さんのまわりでなんでこうも事件が続くかねえ。」

中年刑事はしゃがみ込んだまま震えている彼女の肩を叩き半分なだめるような優しい口調で言った

「あの古い写真に写ってる男性は実の父親だってことはわかったけど、じゃあ実の父親はどこで何してるんだろう？」ぼくは独り言のように呟いた

「どっちにしろそいつを早く見つけて話を聞かにゃ今度はお前らだってどうなるかわからんな。」

中年刑事は疲れた表情で髪をわしわしかきむしりながらぼくらに対して小さく呟いた


もうじき夏のお祭りのじきだというのに街は悲しい人だかりを生み出し夜遅くまで止むことはなかった


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